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静岡地方裁判所 昭和34年(行)7号 判決 1960年11月11日

原告 伊藤行雄

被告 静岡県知事

訴訟代理人 館忠彦 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十一年一月十日付でなした昭和二十九年二月一日に遡及して原告の健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格を取消す旨の処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として

「一、原告は昭和二十七年九月中訴外合資会社高橋洋服店に臨時工として雇われ、昭和二十九年二月一日本職工に採用されると同時に訴外会社に使用されるものとして健康保険法及び厚生年金保険法に基く健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格を取得した。

二、被告は同日原告に対して本件各保険の被保険者証を交付したが、昭和三十一年一月十日付で原告に対し本件各保険の被保険者資格を昭和二十九年二月一日に遡及して取消す旨を通知してきた。原告は右処分について昭和三十一年二月十二日社会保険審査官に対し審査請求をしたが同年三月三十一日該申立は立たない旨の決定があつたので、さらに、同年五月二十八日社会保険審査会に対し再審査の請求をしたところ、昭和三十三年十二月十九日付で請求棄却の裁決があつた。

三、しかしながら、原告は訴外会社が顧客から註文を受けた洋服の裁断、仮縫を了したものを訴外会社の指示命令のもとに本仕立する工程の労働に従事していたものであり、一カ月大体十着仕立てる実績があつたので、給料は一カ月平均十着程度の仕立をするということで一カ月一万円と定められていた。原告は昭和二十九年二月中こう丸炎をわずらい、出勤困難になつたが、原告の作業は自宅ですることができたので、訴外会社の許可を得て、仮縫した材料を原告宅へ届けてもらい、これを指示通り仕立て、これに対して前記給料の支給を受けていたものである。従つて、原告の労働の結果から原告の主体的な計算によつて損益が生ずるものではなく、原告は自分の労働の対価を訴外会社から支給されるためにのみ労働に従事したのであるから、原告は訴外会社に使用されていたものであり、これと請負契約を結んでいたものではなく、原告が事業所に使用される者でないとしてなされた本件処分は違法である。

四、仮に、原告が訴外会社に使用される者でなかつたとしても、被告は昭和二十九年二月一日、原告が被保険者資格を取得したとされた際、その資格の取得について確認し、前述のように被保険者証を原告に交付し、さらにその後、昭和二十九年六月一日及び昭和三十年七月一日の両日被保険者証の検認または更新をして右資格の取得について再確認し、右資格の取得を公の権威をもつて確定しているのであるから、新たな判断の資料が発見されたのでもないのに、これを取消すことは違法である。

よつて、本件処分の取消を求めるため本訴に及ぶ」と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

「一、原告主張事実中二の事実、四の事実の内被保険者証の交付、検認、更新の点は認めるが、その余の事実は争う。

二、本件各保険の被保険者となるためには、まず事業所に使用される者でなければならず、使用される者とは労働の過程において使用者の支配に服しつつ、その指揮に従つて自分とは別の人格に対して労務を提供する者をいうのであつて、自分の提供する労務の窮極の目的を設定したり、変更したりする権限のないことはもちろん、さらに、労働の過程においても、自分の判断、決定等に従つて行動しうる余地は少なく、全体的には使用者の判断、決定に従つて行動しなければならないものであり、なお、労働するための作業場や労働手段、原料、資材等は使用者の管理に属し、使用される者自身はこれらの物を自分の意思判断に従つて自由に使用できないように定められていなければならない。しかるに、原告は訴外会社から材料を供給され、自宅でこれを洋服に仕立て、これを訴外会社に納入していたものであり、その報酬は一カ月間に製品を十着位納入するものとして一カ月一万円位と定められ、原告は一カ月に一度位訴外会社の店に出頭し、その工場に勤務する者と共に製品についての研究会を行う外は、勤務時間、労働に従事する仕方、その分量等について訴外会社の規制を受けることなく、自分の管理する事業場で自分の所有する器具を使用して労働していたに過ぎないのであるから、原告は訴外会社に使用される者には該当しない。

三、また、一般に確認行為が準法律行為的行政行為としていわゆる不可変更力ないし実質的確定力を有するのは、特定の法律事実または法律関係の存否に関し疑いまたは争いがある場合に行政庁が公の権威をもつてこれを確定し、それを公に宣言した場合に限られるものであるが、被告は昭和二九年二月一日原告に被保険者証を交付するに際し、原告の被保険者資格の取得について右のような確認行為を行つていないし、被保険者証の検認及び更新は被保険者資格について確認するものではない。すなわち、原告の主張するような実質的確定力を生じさせる健康保険法第二十一条の二及び厚生年金保険法第十八条のような規定は昭和二十九年二月一日当時存在しなかつたから、当時は本件各保険の被保険者資格は所定事業所に使用されるに至つたとき取得し、被保険者資格を取得したかどうかは、まず所定事業所に使用されたと認定する事業主の届出によつて一応定められたものであり、また、被保険者証の検認及び更新は、確認請求に基く確認手続と異なり、届出のある被保険者に対し被保険者証による保険給付を円滑適正ならしめることを目的とするものであつて、その被保険者証に記載された内容と保険給付の内容とを比較検討し、さらに、期間満了等の事由により効力のなくなつたものを回収し、あるいはその期間を更新するに過ぎないものであり、右いずれの場合にも被告の確認行為はない。

四、仮に、右いずれかの場合に被保険者資格について被告の確認行為がなされたとしても、その後新たな事実、証拠が発見された場合は、これを取消しうるものであり、被告は調査の結果、原告が本件各保険の被保険者資格を有しなかつたことを確認して本件処分を行つたのであるから、本件処分は少しも違法ではない」と述べた。

(立証省略)

理由

一、原告主張の二の事実は当事者間に争なく、成立に争のない乙第二号証の二、証人原科義晴の証言、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すれば、原告は昭和二十七年九月から知人の紹介で高橋洋服店の仕事をするようになり、その報酬は当初洋服の上着一着につき千二百円と定められたが、昭和二十九年二月一日から、そのころ訴外会社が本件各保険の適用事業所となり、原告がその被保険者資格の取得を希望したため、一応一カ月十着位仕上げるものとして一カ月一万円とし、十着に達しないときは、不足数に応じて減額することと定められ、原告は同年二月三千三百円、三月八千八百五十円、四月五千七百円、六月以降昭和三十年三月まで毎月一万円ずつ同年十一月五千円、十二月一万円の各報酬を受け、同月限り訴外会社の仕事をすることをやめたこと、原告はその間、月一回位開かれる訴外会社の従業員の研修会に出席するだけで、その作業場に通つて仕事をしたことはなく、おもに裁断、仮縫の終つた材料を自宅へ届けてもらい、書面または口頭による指示によつて自宅でこれを洋服に仕上げていたが、右加工に要するミシン、裁縫台その他の器具、糸、チヨークは自分の所有物を使用し、仕事完成の時期についての指示はあつたが、労働の時間、方法等についてはなんらの規制、指示、監督も受けなかつたことを認めることができ、右認定に反する原告主張事実を認めて右認定をくつがえすに足る証拠はない。右事実によれば、原告は洋服の仕立方及び仕事の完成時期について訴外会社から指示を受けるだけで、他は全く自由に自分の仕事場で自分の器具及び一部の材料を使用して依頼された仕事を完成し、その出来高に応じて報酬をもらつていたのであるから、原告と訴外会社との関係は一カ月の最低注文量の定められた洋服加工の請負契約であつて、原告は訴外会社に使用されていたものではないと解せざるを得ない。

二、次に、原告は、被告は被保険者証の交付、検認、更新の際、原告の被保険者資格について確認している旨主張し、原告主張の被保険者証の交付、検認、更新の点は当事者間に争がないけれども、健康保険法第二十一条の二、厚生年金保険法第十八条の各規定は昭和二十九年五月法律第一一五号により新たに設けられたものであり、原告が被保険者証の交付を受けた当時はこのような規定は存しなかつたから、事業主の届出により右交付がなされ、特に被保険者資格について確認はなされなかつたものと解するのが相当であり、また検認及び更新も、特にその際被保険者資格について確認すべき旨の規定はないから、被告のいうように、単に療養費等の適正な給付を確保する目的で破保険者証に記載された内容と保険給付の内容とを比較検討し、期限の到来等で失効したものを新しいものと取換え、あるいは期間を更新するためになされるものと解すべきであるから原告の右主張は失当といわざるを得ない。

三、従つて、本件処分は適法というべく、その取消を求める原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 大島斐雄 田嶋重徳 大場民男)

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